APDと診断されたとき

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小学生の時、私は電話に出るのが怖かったです。いつも、聞き間違いをしたり、聞き損ねをして親に怒られていました。親に「電話が怖い」と言ったら、「大袈裟な!」と失笑されたことを思い出すと、今も少し胸が痛いです。

親も周りも自分自身もAPDを知りませんでした。それによって、生じたすれ違いで、傷つかなくていい人が傷ついてしまいます。それが、少しでもなくなればと思い、今回、自分の体験談を書いてみました。どなたかのお役に少しでもたてたら幸いです。

1.先輩が気づいてくれた

幼少期から、何かを大人に訴えても、理解されないことが多くありました。また、何度も聞き返すと、「もういい」「変な子」と人が離れていきました。

理解されない。うまく説明ができない。間違っているのは私の方。

成長するに従い、メモを取るなど、できる工夫をするものの、「分からない」は繰り返され、どんどん自信を失い、「自分って何で出来ないのだろう。集中力が足りないのだ」と自分で自分を責めるようになっていきました。聞き損ねることも、聞き間違えることも、見当違いな返事をすることもすべて、自分が至らないせいだと。

そして、そのまま大人になっていきます。仕事でミスをしないように、いつも神経を尖らせ、一日が終わる頃はクタクタになっていました。

それでも、だんだん仕事もできるようになり、周りから認められるようになっていきます。そして、ある日、職場で仲良くしてくださっていた先輩がいきなり、教えて下さいました。

「まるもちは、◯と△が聞こえてないね。」

「???」

私は、学校の聴力検査で問題がなかったので、「自分は聞こえている」と自分のことを認識していました。そのため、せっかく先輩が「聞こえていないよ」と気づいてくださったのに、何のことか分からず、先輩の話を詳しく聞くこともなく、聞き流してしまいました。

しかし、私のことを「聞こえない人」と表現してくれた方は、この方が初めてだったと思います。

2.APD診断…必要?

それから、小渕千絵先生(APD研究の第一人者)がAPDとLiDに関する研究を発表して下さいました。それが、広まり、ネット情報の中で、私はAPDというものを知ることになります。先輩のご指摘から、約10年後のことです。

ネットや本からAPDの知識を得て、普段の自分を振り返りました。

例えば、詰め所(職員がデスクワークをする場所)で電話が鳴れば、当たり前ですが、電話に出ないといけません。けれど、その詰め所で、他の職員たちが話をしているときは、本当に聞こえにくく、私は、受話器を当ててる反対側の耳を自分の手で塞いで、相手の声に集中しないと聞こえません。でも、これ、メモが取れないのですよね。難儀です。

また、会議などでも上司の声が聞きづらかったり、職場の飲み会は、周りの音も賑やかで、本当に、聞こえにくかったです。

そのような経験から、「自分がAPDなのだろうな」とぼんやり思っていました。けれど、次のようなことが気がかりで、APDの診断を受けることをためらいました。

先程も少しご紹介しましたが、普段から、聞き取りにくいため、常に神経を張り巡らせて仕事をしていました。また、仕事も肉体労働のため、仕事を終え、1日が終了する頃には、毎日かなり疲弊していました。

プライベートでは、子どもも小さく、家事育児に追われ、自分のことなど後回しの毎日で、APDについて、追求する力が残っていませんでした。

さらに、「APDは治療法がない。アメリカでは『障害』として保護されるが、日本ではされない。補聴器などの補助金などもない。」

「自分がAPDと診断されたとして、どうなるのだろう?私の聞こえ方は変わらないのなら、今までの自分の方法で乗り越えていくしかないのでは?逆に、APDと診断されることで、差別されるのでは…?子どもたちへの周りからの影響は…?」

診断を受けて得られるメリットとしては、やはり「電話対応の仕事から外してもらうこと」、「今まで、自分を責めていたことは、私のせいではなかったと証明できること」が考えられました。しかしながら、仮に電話に出なくていいと指示が出ても、現場はいつも忙しく、余裕はありません。最初は助けてもらえても、いずれ周りの負担になるのは明白でした。また、必要以上に自分を責め、この頃もまだまだ苦しくはありましたが、一番苦しかった子どもの時期は過ぎていたため、やはり「今更感」を強く感じました。

こうして、忙しい日々に病院受診に当てる体力が残っていなかったこと、診断されて受けるメリットよりデメリットの方が心配だったことから、積極的に受診しようとは思えませんでした。

そんなある日、職場の電話が鳴ります。すると、相手は外部の、上から目線で話すので有名な男性ケアマネ。相変わらず、偉そうです。初めてのときは怖かったのですが、だんだん慣れていきました。その日も、お互い、いつも通りだったのですが、相手の話し声が分からないのです。そのため、聞き直します。

私 :「?。すいません、〇〇ですか?」

相手:「△△や。」

私 :「〇〇ですか?」

相手:「△△!!」

私 :「??!」

ここまで聞こえないのは初めてでした。何回も聞くので相手はイライラしてきます。でも、こちらも分からないまま終わらせるわけにはいきません。迷惑と思いつつも、こう尋ねるしかなかったのです。

「『たちつてと』の『て』ですか?」

これは、APD関連の本で知った、当事者の方の質問方法でした。それを思い出して聞いてみました。呆れられるか、面倒と思われるかとビクビクしたのですが、この方は最後まで怒鳴ることも、怒ることもなく、教えて下さいました。優しい方だったのです!「偉そう」って思って、ごめんさない。

でも、結局、4回も似たような質問を繰り返しました。そして、それは、「聞き取れた」ではなく、「相手の言葉が指している文字を理解したという体験」だったのです。

電話応対中、私の周りには誰もいませんでした。集中もしていました。そんな中で、「聞きとれない自分」をはっきりと自覚した、初めての出来事でした。

3.APD診断へ

「これは、仕事に支障が出る。」

そう思った私は、APD診断を受けようと思いました。診断を受けて、違うなら、違うではっきりするし、APDなら、また、次にすることが見えてくる。そう思い、APDを診断できる医師を探しました。

APD/LiD検査のできる病院を探す

・APD/LiD検査先一覧(近畿APD当事者交流会noteより)はこちら

幸いなことに、APD診断のできる先生が地元にいらっしゃいました。しかし、大きな病院だったため、個人病院から紹介状を書いてもらう必要がありました。

APDを知った頃、複数の個人経営の耳鼻咽喉科に「聞こえにくい」と受診していましたが、どの病院も学校で受けるような純音聴力検査しかやりませんでした。(ピーと鳴ったらボタンを押すものです。)また、先生に直接、「APDではないですか?」とお尋ねしたとき、当時は、ご存じない方もいらっしゃいました。

それから、さらに約10年が経ち、本屋さんにもAPD関連の本が置かれるようになりました。その中で、不安になりながら、信頼できる、かかりつけの耳鼻咽喉科の先生に直接、お願いしました。

「APDの診断を受けたいので、〇〇病院の△△先生に紹介状を書いて欲しい」

かかりつけの先生はおっしゃいました。

「はっきりと診断ができないかもしれませんよ?」

「それでも、いいので受けたい」

そう言って、紹介状を書いて頂き、目的の病院で色々な検査を受けました。

問診では、子供時代の様子から色々な質問を受けました。

聴力検査では、学校で受けた純音聴力検査を始め、語音聴力検査、両耳分離聴検査など、沢山の検査を受けました。また、発達検査も受けました。問診から始まり、約2時間後…。

私は、先生にAPDと診断されました。

このとき、私は、とても安堵したのを覚えています。そして、私の気持ちを代弁するように、その先生は声をかけてくださいました。

「聞こえないのは、あなたのせいじゃないよ。よく頑張ったね。」

目頭が熱くなり、救われた気がしました。

聞き取りにくいのは、私のせいじゃない。そのことを証明された瞬間でした。

4.それから

自分がAPDであると診断され、私は、徐々に、自分が「聞き取れないこと」を受け入れていきました。同時に、今まで、「聞き取れないことをカバーするため、どれほど神経を使っていたか」「どれほど毎日、自分を責めていたか」に気づきました。

周囲の方々には伝えませんでした。やはり、偏見の目が怖かったこと、そして、周囲に対して、私のする工夫は以前と変わらなかったからです。

「『普通』の中で生活するのは、もう疲れた。人に会わないほうが落ち着いて暮らせる。」

そう思い、しばらくの間は、療養もかねて、引きこもっていました。けれど、最近こう思うようになってきました。

「やっぱり、人の話が聞きたい。人と話しがしたい。」

「APDであることを前提にできることをやってみたい。」

「自分が悪い」のではなく、「APDという個性をもった私」で楽しく生きたいと思い始めました。

5.まとめ

今、ご自身の聞き取りづらさで神経をすり減らし、ご自身を責め、傷ついている方はどれほど、いらっしゃるのでしょうか。

APDというものを全く知らない方。知っても、色々なことを諦めている方、動く元気のない方。様々だと思います。

でも、もし良かったら、APD診断を受けてみてはいかがでしょうか。

聞き取りにくいのは、ご自身のせいではなく、与えられた個性のようなもの。それ

なら、それを持ったまま、どのようにすれば楽しく生きていけるか。

そう考える一つのきっかけとして、APD診断があるのかもしれません。

「聞き取りにくさは私のせいではないという証明」は、私の生き方を変えてくれました。周囲ではなく、「私の、私への認識」が変わりました。聞き取りづらさで自分を全否定するのではなく、「どうすれば聞き取りやすくなるのか」を考えるようになりました。

そして、今、「人と話がしたい、話を聞きたい」と思えるようになってきました。

できる努力をしても聞こえず、理由がわからず、ご自身を責め、生きるのがつらいあなたへ。

この記事が必要な方に届きますように…。

《参考文献》

1.『マンガ APD 聴覚情報処理障害/LiD 聞き取り困難って何?』きよこ/著 小渕千絵・佐々木香緒里/監修 2022年8月20日 合同出版

2.『APD(聴覚情報処理障害)がわかる本 聞きとる力の高め方』小渕千絵/監修 2021年3月30日 講談社

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